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保育士支援による子育て支援

1、保育士と私

私の母は保育士である。私が生まれたときは専業主婦だったが、私が小学4年生になった頃に現場に復帰した。当時、私は反抗期で「親なんかいなくても自分で生活できる!」と言ってしまった覚えがあり、上手くいかないことがあれば母に八つ当たりしていたと反省している。

しかし、これがきっかけで私にとって保育士は近い存在となった。母は、「子どもがかわいい」「子どもは可能性の塊である」といつも楽しそうに話してくれる。私も学生時代は、休日や夏休みを利用して何度も遊びに行き、子どもにYOSAKOIを教えたり、夏祭りや運動会に一緒に参加した思い出がある。母の勤め先の保育園は当初無認可であったが、その後、行政の支援が入り、認可保育園となり、二園目、三園目と、規模が拡大していった。

 

2、子育て支援に対する違和感

現在、日本では様々な子育て支援政策が行われている。内閣府は、2016年に「子ども・子育て支援制度」を打ち出し、保育を必要とするすべての家庭が利用できるように、支援の量を拡充させ、子どもたちがより豊かに育っていける環境を目指している。日本は、子育て支援に対して非常にアンテナを高くして取り組んでいることが読み取れる。

 

ところが、保育士の資格を持っているのに、保育士になりたがらない人たちがたくさんいることを知った。私は、この事実に違和感を覚えた。

 

実際に調べてみると、保育士養成学校の新卒者のうち、保育園に就職するのは半分。さらに、2013年時点では約41万人の保育士が保育園で働いているが、資格がありながら働いていない保育士(潜在保育士)は約76万人と推計されている。そして、潜在保育士の内、4~5割は働いておらず、残りは保育士以外の職種で働いているということが分かった。

気になった私は、保育士を養成する学校の学生に話を聞いた。すると、学校側でも幼稚園教諭になることを薦められても、保育士には積極的ではないという。

 

私はとまどいを隠せなかった。これでいいのだろうか。

 

 国家戦略として保育士が必要だと言われているにもかかわらず、保育士資格を持った人たちが保育士になりたがらない。

 

これでは子育て支援などできるはずもない。子どもを育むことが大切なのは当たり前だが、現場にはもう一つの面がある。保育士がいなくては子育て支援はなりたたない。保育士が満足できる職場環境を整えることが、安定した子育て支援に繋がるものだと私は考える。

 

3、保育士が抱える悩み

 なぜ保育士の仕事が、敬遠されているのだろうか。

2013年、厚生労働省職業安定局が「保育士資格を有しながら保育士としての就職を希望しない求職者に対する意識調査」を行った。その理由として、「賃金が希望とあわない」(47.5%)、「責任の重さ・事故への不安」(40.0%)、「自身の健康・体力への不安」(39.1%)、「就業時間が希望とあわない」(26.5%)、その他にも「保護者との関係が難しい」(19.6%)などが上がっている。つまり、ブラック企業だというイメージがかなり強いということだ。まとめると、課題として第一に給与、第二に労働環境、第三に保護者との関係、第四に社会的地位となる。

たしかに、この情報を受け取れば、保育士になりたいという人が少ないことも納得がいく。

 

 

4、日本の子育て支援とは

 現場レベルで悲鳴が聞こえる日本の子育て支援の現状だが、国としてどのように推進しているのかを確認していきたい。

日本の就学前における子育て支援は実に複雑であり、所管する官庁も複数存在している。

0歳から6歳の全体を見る厚生労働省(主に保育園)、3歳から6歳を教育的観点で見る文部科学省(主に幼稚園)、さらに、両者を一体化するかたちで動き出した認定こども園は内閣府が担当している。それぞれの省庁が、「保育所保育指針」、「幼稚園教育要領」「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」を別々に作成している。一方、実際に運営を担っている地域ではどうなっているかというと、福島市を例にすれば「こども未来部 幼稚園・保育課幼保管理係」と所管する部署は統合されている。


表1.日本の子育て支援の体系(筆者作成)

 

複雑ではないか。なぜ子育てという一つの目標に向かって進むときに、3つの官庁が存在するのだろうか。現場レベルでいえば、いかに子どもの成長を育むために環境を整えることができるかであり、そこに保育園や幼稚園というかたちはない。だからこそ、福島市など自治体レベルでは、一つの部署となっている。

日本として、就学前における子どもの成長をどのように捉えるかをはっきりする必要がある。子育て支援は社会保障の位置づけなのか、教育的位置づけなのか、構造的な問題が曖昧なまま、その場しのぎの政策を出しても解決の糸口は見えてこない。

5、世界との比較

日本の子育て支援の課題はつかめてきたが、世界ではどうなっているのだろうか。カナダで保育経験を2週間積み、日本とは異なる自由な保育に度肝を抜かれた。子ども同士の喧嘩は当たり前。これ以上は危険だと判断したときに初めて保育士が叱る。何を遊ぶのも自由で、子どもたちの主体性に委ねていた。日本の保育の良くも悪くも丁寧であることを実感した。

カナダだけでなく、世界各国に目をむけると、実に興味深い事例がたくさんある。日本の子育て支援の構造を俯瞰的に捉える上で、非常に参考になるものばかりである。ここでは、韓国、イスラエル、アイスランド、ドイツ、デンマーク、ノルウェーの子育て支援の体系を比較していく。


表2.世界の子育て支援の体系(筆者作成)

 

(1)0歳から6歳と、3歳から6歳で分ける国

韓国では、日本と似ている。0歳から6歳までを担う保育施設を所管する保健福祉部と、3歳から6歳までを担う幼稚園を所管する教育部に分かれている。しかし、基本方針は、0歳から3歳までを「標準保育過程」、3歳から6歳までは「ヌリ課程」と呼ばれる全人教育と創造性育成を二本柱とした幼保一体型カリキュラムを行っている。ヌリとは「世の中」を指している。

 

(2)0歳から3歳、3歳から6歳と年齢ではっきり分ける国

イスラエルでは、0歳から3歳までを保育施設で担い、「乳幼児期の教育と保育」という基本方針の元、労働社会福祉省が所管している。3歳から6歳までは幼稚園が担い、「話し言葉と読み書きの基本、算数、体育、科学技術、生活スキルなどを学ぶ」という基本方針の元、教育省が所管している。

アイスランドはイスラエルと似ており、0歳から3歳までを社会問題省が、3歳から6歳までを教育科学文化省が所管している。

 

(3)0歳から6歳まで同じ国

ドイツでは、0歳から6歳までを連邦家族高齢者女性青少年省が所管している。その中で、0歳から6歳、0歳から3歳、3歳から6歳など様々施設が存在している。基本方針は「幼児教育・保育施設における幼児教育共通枠組み」として統一されている。また、6歳以上については、連邦教育研究省が担っている。

デンマークでは、0歳から17歳までを子供教育省、18歳以上を高等教育・科学省が担っている。就学前は「教育的カリキュラム」という基本方針の元、0歳から3歳までの保育所、3歳から6歳の幼稚園、0歳から6歳までを見る統合型保育施設に分かれている。

ノルウェーでは、所管が教育研究省であり、ここは0歳から大学まで担っている。「幼稚園のための枠組みプラン」という基本方針の元、就学前教育は、0歳から6歳児を対象に幼稚園で行われている。

 

このように、世界の子育て支援の現状見ると、各国において構造は様々であるが、明確な指針が示されていることが分かった。日本のように所管する官庁がまたがっているところはOECDの加盟国の中には見当たらなかった。

 

また、世界の保育士も日本と同様に、保育の仕事に不満を感じていることがアンケート調査から分かった。各国とも給料や事務処理の多さを課題にしており、一方で、日本が突出してストレスを感じていた項目は、「子供の育ちや学び、生活の充実に責任を負っている」(日本43.8%、各国平均33.7%)と、「特別な支援を要する子供のために環境を整える」(日本36.2% 各国平均31.4%)の2点である。

加えて、もし予算が5%増えたとしたら何を優先させるべきかという質問には、日本だけ顕著に低かった項目が「困難な家庭環境にある子供や外国から来た子供を支援する」(日本11.5%、各国平均40.6%)と、「保育者に質の高い研修などを提供する」(日本27.3%、各国平均60.6%)であった。

このことから、日本の子育て支援の現場では、世界的に見ても保育士が社会的責任を求められており、また、特別な支援が必要な子育てについて苦手意識を持っていると言える。しかし、保育士は研修をそこまで望んでいない。この点をどのように乗り越えていくかが求められているのだろう。

 

 

6、福島の現状

図1.福島県の待機児童数

図2.福島県の保育士の有効求人倍率

 

福島県によると、2015年時点で、県内の保育士数は3216名、保育所数は328である。また、待機児童数462名と近年急増していることが読み取れる。保育所の有効求人倍率は、2018年度で2.28倍と2011年の0.48倍から右肩上がりで上昇している。

 一方、福島市では保育士や幼稚園教諭の優遇政策として、学生に対し奨学金貸付事業を行っている。PR動画の作成や、福島県外からUIJターン等で福島市内で保育士や幼稚園教諭として就労する方へ、住宅取得・賃貸費用や通勤用車両購入費用などを20万円補助する政策を行っている。

 

 

7、求められる対策のポイント5つ

 保育士になりたがらない理由を探る中で、日本の子育て支援体制にも言及してきたが、詰まるところ、何を目的に子育て支援をし、現場がいきいきとする環境を整えていくことが必要である。

 私は現場の保育士を支援することで、子育て支援がより充実していくと考える。子育て支援を支えているのは保育士だからである。

 

)全員正規雇用の実現

私は「保育士支援=給与の改善」とは考えない。福島市を始め、その他の殆どの自治体、国は保育士に対して給与改善の取り組みを行っているが、これは保育士問題の直接的解決にはなりえず、持続可能性もない。保育という業界は、自ら利益をあげていく業種とは異なるため、給与は税金からとなる。保育士の給与を上げるということは、保育のサービスの質が低下するか、税金を上げるしかない。一旦上げてしまえば、下げることは容易ではなく、給与の改善は、市民の理解が必要であり、簡単に打ちだしてはいけないだろう。さらに、給与が上がれば保育士は増えるのだろうか。事実、給与が上がっている今でも、実態は変わっていない。

保育士の問題の本質は、給与以上に労働環境である。子どもへの責任の重さを分担しきれないストレス、保育士の数が不足していて休みたくても休めないストレスなどである。そして、主任や一般職員、嘱託、臨時、パートと多数の職種が存在するが、子どもを目の前にすれば責任はすべて一緒となる。給与が低い立場にある者は、なぜ同じ仕事をしていて給与が異なるのかと、否定的に思えるのも仕方がない。

だからこそ、職種を正職員一つに統一してはどうだろうか。目線合わせを一つにし、同じ方向を向けるように労働環境を整えることが重要である。そのことにより、給与も今よりも低くなることがあるかもしれない。しかし、休みたいときに休める、定時に終わることのできる仕組みをつくり、「みんなでみんなを気持ちよく支え合うチームづくり」を目指す。保育士の労働環境は、もはや構造的に解決しなくてはならないレベルであると考える。

 

)連絡帳より朝のティータイム

保育士が多くの時間を割かれる業務が連絡帳である。保育士は、毎日一人ひとりの子どもに対して、保護者との連絡帳を交換する。もちろん、連絡帳があることによって得られる情報や、保護者や子どもの人柄を知ることもできる。しかし、それは連絡帳でなくても代替可能ではないであろうか。フランスなど欧米諸国では、連絡帳という文化はない。私が保育経験を積んだカナダでも、連絡帳はなかった。

諸外国では、連絡帳を用いずに保護者とのコミュニケーションを大切にしている。その一つが、朝のティータイムである。園長や保育園の先生と保護者が会話できる機会をつくっている。子供にとって一番大切なのは親であり、その親をサポートするのが保育士である。連絡帳では子供の視点に特化してしまう。親が健康でいられるように、対面で相談できる日を定期的に設けていくことが求められるのではないだろうか。

 

)関連業種と1日交換留学

諸外国と比べ、日本の保育士は研修に重きを置いていない。しかし、特別な支援を要する子どもへの扱いや、保護者との関係などに対してストレスを多く抱えている。ストレスを乗り越えていくには、あらゆるパターンの支援方法と出逢い、自分自身のスキルを上げていくことが必要である。そのため、関連業種と提携を結び、1日交換留学を行い、様々な方の保育指導方法を体感する。そして、自分が行っている方法も、必ず誰かの参考になる。そうした意識を持ちながら、悩んだ際に相談できる関係を増やす意味合いで、研修を重ねられるように整えたい。

 

)育児休暇の原則一年の徹底

子育て支援の重要性は、社会全体で認識していく必要性がある。育児休暇を徹底することができれば、それだけ0歳児保育を減らすことができ、1歳以上の保育に集中することができる。また、育児休暇は夫婦交代で取得するようにし、働きながら家事と育児をどのように担っていくのかを練習するという文化を育みたい。

また、保育士に子どもができた際は、優先して保育所を確保することも大切だろう。私たちは、保育士がいることで保育支援ができることを忘れてはならない。

 

)子育てに関する所管官庁の一本化

 世界の比較の際にも述べたが、やはり日本の子育て支援は、所管する省庁も多く、何を目指しているのか分かりにくい。各国では、子どもの成長に合わせて、明確に基本方針を定めている。日本も、これからの将来を担う子どもの成長を育むために、0歳から6歳までを教育期間として捉えれば、文部科学省が担い、幼稚園も保育園もない教育機関となるであろう。0歳から3歳までは社会保障の観点で、3歳以降を教育機関とするならば、保育園と幼稚園の区別は必要であるが、保育園は0歳から3歳までと明確にする必要があるだろう。現状維持でいくとしても、0歳から3歳までの保育方針と、3歳から6歳までの教育方針は明確にすることが求められる。

幼稚園教諭と保育士の役割が明確になることで、保育士を目指す人も双方の方針を比較した中で、自分はどちらに適しているのかを考えながら決断することができるようになる。現状、学生からは、保育士は大変だから幼稚園教諭に、という話を聞くことがあるが、こういう選択をされてしまうことを反省しなくてはならない。

 

 

8、最後に

現場の保育士たちが、いきいきと働ける環境づくりを行うことが、結果として子育て支援を強化することになる。子どもだけではなく、保育士も笑顔になれる”良い現場”を、行政や民間など外部から支えていかなければならない。

ここまで子育て支援の構造的問題や、保育士支援の具体的な話を進めてきた。しかし、保育士支援とは、政策だけではない。もっと身近に、明日から、私たちができることがある。

 

「子どもたちの声がうるさい」

 

保育園の設置を進めていた際、住民説明会で批判の声が相次ぎ、開設を見直すことになったケースは少なくない。こうした声が上がってしまえば、現場の保育士の立場はさらに厳しくなってしまう。保育士を支援できるのは、私たち一人ひとりの考え方である。良い現場を、みんなで築き上げたい。

 

子育てはペイフォワード。ある方から受けた親切を、また別の方へ新しい親切でつないでいく、恩送り。誰もが、親や社会から支えを受けて生きてきた。その支えを、今度は私たちが今の子どもたち、これから生まれてくる子どもたちにもつなぎたい。

ちょっとした気持ちでいい。それがつながり合うあたたかなまちづくり、それが私の目指す「わたしたち事」のまちづくりである。

(2020年3月27日)

 

参考文献

・『保育園問題』前田正子 中央公論社2017

・『フランスはどう少子化を克服したか』髙崎 順子 新潮新書2016

・『幼児教育・保育の国際比較』国立教育政策研究所2018

・福島県内の子育て支援の現状と課題について~保育施設と待機児童に着目して~

http://fkeizai.in.arena.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/01/cyousa_2017_02_1.pdf

(最終閲覧日2020年3月24日)

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