産業の力がまちの力

1、産業と私

私の祖父はまち工場の社長だった。そんな祖父との散歩がとても好きだったが、祖父はまちへ出れば、出逢う人たちといつも話をしており、あまり散歩にはならなかった。「商売は面白い、人と人との真剣勝負である」と私に話しかけてくれていた。

大学卒業後、私は信託銀行に入社し、個人営業を担当した。そこで多くの中小企業の社長とお話しする機会をいただき、商品にかける情熱や、好奇心、溢れんばかりのパワーに圧倒されたことを覚えている。

 

一般的には、中小企業は大企業に搾取され、かわいそうであり、これからも厳しい世界だというイメージを持つ人は少なくないだろう。

中小企業庁のデータでも、「中小企業は、製造業、非製造業とも労働生産性が低下」「中小企業では設備の老朽化に悩む」「中小企業では、事業者数がここ20年間で約120万人減少」「倒産件数は減少しているが、休廃業・解散は高水準で推移」などとしており、これだけを見れば確かにそう思えるのも納得がいく。

しかし、そんな簡単には負けないと、私は実体験から直感的に思っている。

 

日本の産業構造は99.7%が中小企業で、大企業は0.3%としかない。つまり、日本は中小企業の国といえる。その中小企業が弱者となれば、日本は崩壊する。また、私が出逢った中小企業の社長の姿を見て確信するが、中小企業は間違いなくまちを支えている。中小企業とは、まちの中心であり、日本の基盤であるのだ。中小企業が輝き、成果をあげ続けることが、地域活性化への最も有効な方法だと私は考える。

 

 

2、日本産業の底力

私は、松下政経塾生として、日本の中小企業の課題と展望について、東京大学の藤本隆宏教授に講義をいただいた。

 

「中小企業の現状は、現場をみて考えるべきだ。日本の中小企業は強い。」

 

藤本教授は、「慎重な楽観論」と呼んだが、それは現場現物の洞察や産業経済の論理に基づかぬ悲観論は、何も生まないという意味が込められていた。この考えは、目からうろこであった。

 

なぜ日本の中小企業は強いのか。それは物的生産性にある。私は、大学時代に株式会社ワーク・ライフバランス社でインターンをしており、そこで日本の1人当たり、1時間当たりの労働生産性はOECD諸国で最下位という驚愕の事実を知った。藤本教授が日本の物的生産性は高いと言っても疑心暗鬼だった。

 

物的生産性とは、一つの商品を生み出すためにどれだけの労働力(人と時間)を投入するかということだ。物的生産性がより魅力のあるところで、産業は発達するが、長らく日本は史上最大のハンデを背負い続けてきた。それは人件費である。90年代には中国の人件費は日本の20分の1であった。中国を上回るためには、日本の物的生産性を20倍にしなくてはならないが、どれだけ効率化してもこの差は厳しい。この苦しい競争を耐え抜いてきた今、中国の賃金に変化が生まれてきた。2005年頃から、農村部からの人的な無制限供給が終わり、賃金が急上昇し始めた。2017年には日本との賃金格差は5分の1までに縮まった。この間に、日本の中小企業は努力を重ね、2倍、3倍、それ以上と効率化を達成してきている。。

 

いよいよ日本の物的生産性が中国を上回る時がきたということを知り、私は鳥肌が立った。たしかに、中国の次に、ベトナム、バングラディッシュ、インドなどと賃金が安いところに工場が移り変わってきていることも事実だが、その間に培った日本の中小企業の生産性の力は変わることのない確固としたノウハウとして残る。藤本教授によると、「ものづくりとは、良い設計の良い流れ」である。商品の良い設計とは何か、その設計が迅速に回るための流れとは何か、この原点を見つめ続けてきた日本には、世界に誇る技術が育まれている。

 

希望が湧いてきたと同時に、藤本教授は日本の中小企業へ課題をこのように述べている。

 

「日本が産業政策として死守すべきは、ICT・デジタル分野(上空)と現場(地上)をつなぐ分野(低空)である。上空は、アメリカに多数の盟主的企業がおり、そこで今から戦うことは非常に困難である。地上は、もともと日本が得意としていた産業が多い。そして、いまだ世界の中で誰も覇権を握り切れていない分野が低空である。このままアメリカに上空の制空権を奪われたまま、地上の世界をコントロールされてしまうと、日本の企業はみなアメリカの下請け企業になってしまう。だからこそ、防空圏を築くように、例えば現場の工場や機器の間をストレスなく接続するネットワークの標準化や、集められる膨大の情報を必要な場所に適切に届ける交通整理的な技術の開発が求められるのだ。」

 

私は、藤本教授の講義の中で、日本の中小企業の底力を実体験だけではなく、論理的にも感じることができた。

 

3、日本の中小企業産業政策

学術的視点だけではなく、政策的視点から日本の中心企業の変遷を捉えていく。

始まりは、1948年の中小企業庁の設立である。その後、1963年に中小企業基本法を制定し、基本理念や基本方針を定めた。しかし、この内容は大企業との格差について中小企業の救済を求めるものであった。そこで、1999年に、中小企業を経済発展の担い手と位置付けて、自主的努力を促すべく、抜本的に改正した。さらに、中小企業が経済の担い手だけではなく、地域の担い手でもあることを明記した中小企業憲章が2000年に閣議決定されている。

このような流れをみると、徐々に現場に即した政策になりつつあることが分かる。しかし、中小企業を地域の担い手とするならば、現場では中小企業を支援する体制を整えなくてはならない。例えば、金融支援は中小企業が求めるかたちとなっているだろうか。これまで以上に、現場が活きる政策を整えていくことが望まれている。

 

4、生き抜く力 産業国家イスラエル

イスラエルは、「国の生存」をかけて産業発展に臨んでいる。多くの意見を取り入れ、創造性を発揮できるように、移民を受け入れるだけではない。いかに移民をスムーズに入国させ、国益へつなげられるかを考え、語学支援、徴兵、起業支援を行っている。また、イスラエルは国際的プレゼンスを維持し、経済力を高めるために、世界の覇権を握るアメリカに深く関与する政策を取り、中枢に深く刺さりこんでいる。アメリカの市場を活用するため、イスラエルの企業の社内書類を全て英語にするだけではなく、イスラエル国内同士の契約も英語である。法務も経理もだ。結果的に、イスラエルはアメリカと二国間産業研究開発基金(通称BIRD)の立ち上げに成功し、イスラエルとアメリカの企業の合弁事業のうち、輸出可能性のあるプロジェクトを支援する枠組みを整えた。これにより、イスラエルはアメリカへ輸出する際の大きな足掛かりを得た。

自国が生き残るために、何が必要で、どんな戦略を打つことが効果的であるかを考えるイスラエルの姿勢は、これからの日本にも求められるだろう。特に、日本では消滅可能性都市が問題となる中で、「まちの生存」をかけて産業政策に力を入れる必要がある。

 

5、産業の力がまちの力

静岡県富士市にある富士市産業支援センター、通称f-Biz(エフビズ)のセンター長である小出宗昭氏は、「地方の中小企業の『稼ぐ力』を掘り起こすことで、企業のみならずまち全体を衰退から救うことができる。」と話す。現場感と生き抜く力を兼ね備えた実践事例として、読み解いていきたい。

エフビズは、富士市発のビジネス支援センターであり、公設民営の施設として、運営は、富士市から民間事業者(株式会社イドム 代表取締役:小出宗昭氏)へ委託されている。年間に受ける経営相談は約4300件、一日平均17組以上になる。開設10年を迎えた2018年までに、延べ3万件の経営相談に対し、新商品・新サービス開発に関する案件の7割が売上アップに成功。新規創業は直近の6年で243組、525人の雇用を生み出している。

エフビズが大切にする精神は、ⅰ)強みを見抜き、具体案を提示する、ⅱ)ワンストップ・コンサルティング、ⅲ)継続的なフォローアップの3つである。小出氏は、藤本教授と同じく、ここまで生き抜いてきた中小企業の力を信じているからこそ、その強みを引き出すことが最も重要だと述べている。

しかし、ここまでの考え方であれば温度差があるにせよ、その他の行政や商工会議所も行っている。驚いたことは報償額である。小出氏は、優秀な人材にはそれなりの対価が必要であるとし、センター長は各界の最前線で活躍するプロが望ましいと捉え、その者たちがキャリアを捨てて新たに人生をかけることのできるぎりぎりの費用として1200万を行政に提示したという。

 

私は驚いた。

 

実際、公的セクターはこれまで人材登用には予算を割いてこなかった。いや、これなかった。私も福島市の指定管理で事業を担っているが、優秀な人材を確保するには報償額がネックであると伝えるも、実現には至らなかった。このハードルを乗り越えているとすると、行政を納得させ得る確かな実績と、行政の並々ならぬ覚悟を感じる。行政は税金から、民間は利益から給与が支払われるため、報償額の考え方が異なるかもしれないが、エフビズが地域に生み出す総合的な価値を考えれば、1200万円でもむしろ安いくらいかもしれない。

 

地域行政の中心に立って、あらゆる業種をサポートする。この究極の地域再生に挑む、新たなチャレンジの扉を、まちの理解を得ながらエフビズは開いたのだと私は思う。

 

また、エフビズは、中小企業の活性化支援の助言を行い、資金的な面は地域の金融機関で役割分担している。しかし、ケースを伺うと、金融機関が債権保全を優先し、再建する手立てを積極的に考えていない場合があり、エフビズが資金繰りの具体的なアドバイスまで行ったこともあるという。本来、一つひとつの会社の健康状態を診断し、処方箋を提示する(事業計画書、資金繰り表、具体的な改善案の提示と実践)のは、金融機関の役目である。現場では、中小企業庁や金融庁が金融機関に求めていた企業へのサービスが期待通りにいっていないのだ。

 

やはり、中小企業を直接支援する方法と、中小企業を支援する金融機関との協力が必要不可欠だろう。

 

 

6、福島の現状

福島県の製造品出荷額は2011年の東日本大震災以降、最低4.3兆円まで落ち込んだが、2017年には5.1兆円まで回復している。特に再生可能エネルギー、医療機器、ロボット、航空宇宙関連については、成長産業として集中的に投資している。

また、帝国データバンクの調査によると、2017 年度の福島県の「休廃業・解散」件数は 386 件と 2 年連続で増加となった。「倒産」件数も 58 件と低位ながらも増加傾向にあり、市場からプレイヤーが消え続けている。その理由として、資金繰り以上に、自らの高齢化と後継者不在、人手不足を挙げている。復興需要もピークを迎え、先々を考えた時、まだ余力のある内に、「倒産」「休廃業・解散」を選択する経営者が増加してもおかしくはない。

一方で、中小企業をサポートする団体は商工会議所、福島県産業振興センター、中小企業サポートセンター、中小企業診断協会、よろず支援拠点など、数多く存在している。

 

7、求められる対策のポイント

産業は、地域を支える中心的機能を果たしている。そして、日本の産業の99.7%は中小企業である。つまり、中小企業政策を行政の中心的課題として位置づける必要がある。

 

ⅰ)中小企業支援の窓口を明確にし、各団体との連携を強化

中小企業支援と言っても、その方法は幅広く、それらを担う団体の数も多い。中小企業側からすれば、どのように相談していいのか分かりにくい。

中小企業の良いところをとにかく見つけるための聞き役に徹し、セールスポイントを整理することに特化した機関を窓口とし、技術革新の高度化なら産業振興センター、資金面なら金融機関、経営アドバイスなら中小企業診断協会、法務・税務なら税理士というように、各団体が一つのチームとなって支援体制が組めるように整備する必要がある。まさに、藤本教授が言うように、組織体制として、良い設計を描き、良い流れをつくるのだ。

 

 

ⅱ)金融支援の強化

中小企業経営と切っても切り離せないのが金融支援である。技術が発達してきた現代では、金融機関がなくなるのではないかという話をよく聞くが、金融機関に務めていた私はそんなことはないと考える。どれだけ企業の現状を示す数字をデータとして見れたとしても、経営者の魂は直接会わないと感じることができない。経営計画を立て、資金繰りを考え、融資を実行するというのは、多くの部分が技術によって短縮されたとしても最後は人対人のコミュニケーションが欠かせないと感じるからだ。

現在、中小企業以上に金融機関が厳しい経営状況となっている。本来の企業サポート以上に債権保全を優先しているケースが見受けられる。しかし、そのやり方では金融機関を支えるはずの中小企業がより厳しくなり、金融機関の経営は益々疲弊してしまう。今こそ、中小企業の経営者の魂に耳を傾けた実行力のある金融支援を行うべきだろう。そしてそれは、時折、ⅰ)で述べた中小企業の窓口に立つ方や、支援する方たちの意見も聞きながら、トータルサポートとして行われることが望ましい。

 

 

ⅲ)ファストトラックの人材育成

産業の力を伸ばしていくためにも、世界で活躍する人材を育成しなくてはならない。ファストトラックとは、有望な人材を早期から選抜し、最短で昇格させ、経営者に必要なさまざまな経験を積ませて後継者候補として育成する。横並びではなく、完全な特別扱い。“エリートコース”に乗せて育成するのだ。通常の昇進コースではなく、いばらの道を歩むチャレンジコースで試練を受け、常に刺激のある場を用意する。現場から、世界のこと、日本のこと、会社のことを徹底的に学び、30歳程度になったときに、会社の重要な地位(部長、役員など)について意思決定を行える人材に育てる。

日本ではこのような制度はごく一部の大企業でしか浸透されていないが、イスラエルでは当たり前のように存在している。これは全ての業界に通ずることかもしれないが、常に進化が求められる産業界にはより一層求められる考え方だろう。

 

 

ⅳ)事業承継と向き合う

中小企業問題の大半を占めるのが事業承継である。身内が継ぐ、社員が継ぐ、第三者が継ぐなど様々なパターンでの支援が必要だが、本質的には身内が継ぐことを重視すべきではないだろうか。身内が継ぎたいと思えるか、という基準が非常に大事だと思うからだ。

社員が継ぐ、或いは第三者が継ぐ場合、事業と同時に借金を引継ぎ、担保まで取られることもある。本人は納得したとしても、その家族まで巻き込むことになるこのケースは非常にハードルが高いのではないか。当然だが、身内にも選択する自由がある。しかし、身内が引き継ぎたくないと考える事業を、他人が引き継ぐというのはどうもすっきりしない。身内も引き継ぎたい、社員も引き継ぎたい、第三者も引き継ぎたいとなるケースを目指し続けることが大事なのではないか。

長らく、中小企業は大企業の下請けであるなどとあまり良いイメージを共有できなかった。しかし、中国との賃金格差も縮小し、今まで中小企業がハンデ戦を強いられていた中で培ってきた技術力がいよいよ花開く時が来ているのである。そのノウハウは、世界トップクラスのものであり、その認識の中で改めて中小企業を捉え直していく必要があるのではないか。

 

ⅴ)自国を知る

一見、産業と直接関係の無いように思うかもしれないが、私は日本を知ることが産業の確かな土台となると考える。

イスラエルがなぜ産業国家になれたかというと、徹底的に自国のことを考え抜いているからである。イスラエルという国がどのように生まれて、歴史や文化がどんなもので、現在置かれている状況を把握し、生き抜くために国益とは何かを徹底して考え抜いている。

一方、日本人は、日本の古典や伝統精神など、どこまで理解しているだろうか。古事記や源氏物語を、現代語訳で読めたとしても、原文で理解できる人は専門家くらいだろう。また、世界から見たときに日本がどのように写っているのか。日本の国益を追求することは、単に産業を育成するのではなく、日本を知ることから始まる。日本の強さ、日本が大切にするべき精神、世界に誇れるものを改めて捉え直したい。

 

 

8、最後に

中小企業はまちの要である。中小企業が中心となり、まちを支えている。中小企業を支援することが、究極の地域活性化なのだ。

幅広く政策を考える際は、社会保障を手厚くすることも重要だ。しかし、これは税金の分配の問題であり、出口戦略である。税金が安定的に集められる、入口の戦略に注力しなければ、出口の力は弱まり続けてしまう。こうした面からも、やはり中小企業支援は行政課題の中心に置くことが望ましいだろう。

 

 

「うちのまちには積極的に仕掛ける人はいない」

私の故郷、福島市ではこのような声をよく耳にする

 

本当にそうだろうか。

 

どこのまちでも必ず手は挙がる。事業を行う人であれば誰もが、今よりも良くなりたいと思っている。ただ、厳しい環境の地域なればなるほど、「どうせこのまちでは」と、自信を無くしやすい。

 

だからこそ、「自分たちの力を信じよう。必ず上手くいく芽があるはずだ。」と灯りをともすことが重要である。これが藤本教授の言う「慎重な楽観論」であり、小出氏のエフビズの精神なのだろう。

 

中小企業をまちの要として、消費者、金融機関、各団体、行政などが相互に連携し合い、まち全体を盛り上げる。中小企業を中心に、産業が一体となって成長していくまちづくり。それが私の目指す「わたしたち事」の社会である。

 

(2020年3月30日)

 

参考文献

・『現場から見上げる企業戦略』藤本隆宏 角川新書2017

・『日本の中小企業』岡満博 中公新書2017

・『地銀・信金ダブル消滅』津田倫男 朝日新書2018

・『創造都市への挑戦』佐々木雅幸 岩波現代文庫2018

・『知立国家 イスラエル』米山伸郎 文春新書2017

・『掘り起こせ!中小企業の「稼ぐ力」』小出宗昭 光文社新書2019

・『自治体産業政策の新展開』梅村仁 ミネルヴァ書房2019

・中小企業・小規模事業者の現状と課題

https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/kihonmondai/2016/download/161031kihonmondai04.pdf

(最終閲覧履歴2020年3月29日)