移動の自由は幸せの前提!交通まちづくり(モビリティ・マネジメント)

レポート

1、移動と私

 移動の自由は、幸せの前提である。母の実家は静岡、姉はハワイに住んでいる。距離の遠さが、会える楽しみを生んでいる。そう思えるのも、新幹線や飛行機などの移動手段が確保されているからである。

私は、小中学校は徒歩通学、高校は自転車、大学は電車、社会人は車や新幹線など、年齢や環境に応じて、さまざまな移動手段を利用してきた。日常生活の中で当たり前のように溶け込む、公共交通の素晴らしさやありがたさには、普段なかなか気づく機会は少ない。

また、松下政経塾で「100キロ行軍」という三浦半島100キロを徒歩で一周する研修を行ったが、徒歩で24時間かかる距離も、車では休憩を挟んでも3時間かからない。まったく、技術とはすごいものである。

社会人として、故郷である福島に戻り、車を運転すると、徒歩や自転車で通学していた時には見えていなかった景色が目に入ってくる。散歩をしてみると、学生時代の思い出や当時との変化に気づかされる。移動の手段が変わると、目に入る情報は変わってくるのだろう。

 

 

2、日本の公共交通の現状

1万4000km670km。これは、なんの数字を表しているだろうか?

1万4000kmとは、2007年度から2016年度の10年間で廃止された全国のバス路線であり、これは、日本縦断(2700km)の5倍以上になる。670kmとは、2000年以降に廃止された鉄道各社の路線である。およそ東京から姫路までの距離になる。

恐ろしい数字である。この数年の間に、公共交通分野では、すさまじい変化が起きつつある。

 

これだけの路線が廃止される背景には、各バス会社、鉄道会社の経営が困難となったからであるが、その原因は、少子高齢化や過疎化に伴い、利用者数が減少したからという一言で、片づけていいものだろうか。

少子高齢化・過疎化が進みながらも、公共交通分野においては、若者や高齢者に利用しやすい状況とは言えず、過疎地域に行けばいくほど公共交通は成り立っていない。たしかに、簡単に道路や鉄道を敷くことはできないが、あまりにも時代の変化やニーズに、公共交通が追いついていないのではないだろうか。そのことが、経営悪化という形で顕在化しているような気がしてならない。だからこそ、地域に即した公共交通のあり方を模索していく必要がある。

 

 

3、交通まちづくりが持つ可能性 モビリティ・マネジメント

 公共交通が、社会に与える影響は大きい。

適切な公共交通が確保されていなければ、交通弱者と呼ばれる若者や高齢者は、移動の自由が担保されない。移動の自由が担保されなければ、進路や学業の選択の幅を狭めるだけでなく、家にひきこもったり、孤独な生活を助長させる。あっても使いにくい、古い印象がある、運賃が高いなどといった単純な理由で、利用者を遠ざけてしまうのはもったいない。

人生100年時代において、まだまだ現役に負けない力を持っているシニア世代の潜在的なパワーを引き出す上でも、公共交通の利便性は欠かせない。高齢者の活躍の場がなくなれば、まちの活気が減るだけでなく、医療費や社会保障費などの負担だけが増していく。

公共交通が利用しやすくなれば、郊外の買い物だけでなく、中心市街地での買い物や飲み会にも参加できるようになる。中心市街地がにぎわいを取り戻せば、そこで商いを始める人も増えるだろう。公共交通とは、経済を動かす潤滑油なのである。

 

車中心から人中心の公共交通に変化すれば、安心して歩ける空間と交通のバランスがとれるようになり、子育てにもやさしい社会が生まれる。

それだけでなく、公共交通は環境に与えるメリットも大きい。2016年度の国内における二酸化炭素間接排出量の18%は運輸部門が占めている。その内、28%が自家乗用車からの排出であり、大きな環境負荷となっている。例えば、1日当たり10分間、車を乗ることを控え、1年間続ければ、平均的な車の場合、410㎏のCO2を削減することができる。1日60分間消灯して節電することより(2㎏削減)、1度冷暖房の温度を調整するより(32㎏削減)、リサイクルを用いることより(121㎏削減)、10〜200倍もの効果になる。徒歩、自転車、車、バス、電車、新幹線、飛行機等、あらゆる移動手段を整え、時に車を、時に公共交通を使用できるように整えることが、ひいては、地球温暖化という世界的社会問題に対しての解決アプローチにまで紐づいてくる。

 

つまり、公共交通とは、道路をひくだけの話ではない。公共交通の制度設計を整えることは、人やまちや環境にたくさんの恩恵をもたらしてくれる。人々の生活を豊かにし、社会に好循環を生み出していく、そんな大きな可能性を秘めているのである。

好循環を生み出す制度設計と、市民や企業がそれぞれの公共交通を確保するための社会的負担を調和させていく、「モビリティ・マネジメント」が求められている。

 

 

4、日本の公共交通政策と課題

日本の公共交通の課題は、1998年のまちづくり三法(中心市街地活性化法、都市計画法、大店立地法)から大きく動いてきた。これらは、大規模店の郊外への立地を認める代わりに、中心市街地への再投資を政策的に位置づけたものである。たしかに、中心市街地には「再開発ビル」が建設されたが、車社会の地方都市では郊外の大規模店の方が利便性に富んでいたため、打ち勝つだけの競争力は生まれなかった。結果として郊外を結ぶ道路ネットワークの拡充が急速に進み、中心市街地を含めた公共交通ネットワークが益々脆弱化し、中心市街地の多くのテナントが撤退をよぎなくされている。

 

2005年には地域再生法が成立されるも、ここでは具体的に公共交通機関への言及がなかったため、2007年に地域公共交通活性化・再生法が成立された。ここで、はじめてまちづくりとしての交通という認識が生まれたことになる。続いて、2009年の地域公共交通活性化法、2013年の交通政策基本法、2014年の改正・地域公共交通活性化法により、これまで事業者任せであった公共交通の運営に関して、国や自治体の責務が明記されることとなった。その証として、各自治体は地域公共交通網形成計画と、地域公共交通再編実施計画を作成し、国土交通省が認定し、各種補助金が交付されることとなった。

制度上では、徐々にまちづくりとしての交通の概念が整えられつつある。

 

しかし、そんな日本の公共交通政策が与えた影響として、以下の大きな問題が挙げられる。

 

(1)モータリゼーション

実は、こうして自治体で作成された都市計画のほとんどが、車利用者の増加に伴い、道路の拡充を目的とするものだった。道路が便利になる中、現在、地方では一家に一台以上に、一人一台というペースで自家乗用車が浸透している。しかし、これにより渋滞という新たな問題が発生していることも事実である。

 

(2)モータリゼーションに伴う都市構造の変化

まちの中心部の渋滞を緩和するために、新たな道路を建設し、郊外の道路ネットワークが活性化していく。

経済産業省の「商業統計」によると、2007年からの10年間に、駅周辺、市街地立地型の年間販売額が16%減少しているのに対し、ロードサイド立地型では43%増加している。店舗数で見れば、ロードサイド立地型が、66%増えている。つまり、モータリゼーションの流れから、商業圏が中心市街地からロードサイドに移ったことを表している。

 

(3)郊外化を促進した予算

1990年代半ばには、バブル崩壊後の景気低迷の中で、度重なる「総合経済対策」が打たれ、各地で公共事業として道路が建設された。自家乗用車が浸透すると、従来の道路要領では渋滞が発生し、駐車場も不足する。それを防ぐために、郊外にバイパス道路を中心とした道路ネットワークを築き、大きく駐車場を必要とする大型商店、病院、役所が郊外に移転した。

2018年度の国の公共事業関係費をみると、約2兆7800億円のうち、道路整備の予算が約1兆6600億円と80%を占めている。一方、鉄道整備費は約992億円と比較にならない。この内、半分以上は大型事業である新幹線整備であり、日常的な鉄道整備への公的資金の導入はごくわずかである。このことからも、いかに道路中心の交通政策が行われているかが読み取れる。

 

(4)交通事業者への補助金政策

交通事業者は建前こそ独立採算ではあるものの、実際は収支が合わないため、国や自治体が欠損金を補填している。交通事業者のおかげで、生み出すことのできる社会的利益があるため、その還元として補助金は必要だ。しかし、欠損金という出し方では、事後的に支給されるため、経営努力をしてまで利益を上げる意識が低下する。補助金依存した体制では、サービスの低下につながり、結果として利用者が減少する。しかし、利用者が減少しても、交通事業者は欠損金で確保できるが、税金からの拠出がどんどん膨らみ、市民の負担が増えていくことになる。

 

(5)高齢ドライバー

日本の場合、交通事故死者数に占める高齢者の割合は非常に高く、死亡者計の半数に達している。しかし、これは運転する高齢者がいけないのだろうか。高齢者も移動の自由があるはずであり、むしろ家に引きこもられては、認知症、健康問題など、別の課題が現れてしまう。車以外に便利な移動手段が確保されていないことが、高齢ドライバー問題の本質ではないか。

 

(6)住民の公共交通政策への関心

また、いくら効果が期待できそうな政策案が出されても、住民が望んでいなければ行政は動かない。鉄道や路線バスの廃止について、住民の多くが強く反対したわけではなく、「やむを得ない」ものとして容認したケースがほとんどである。

少子高齢化に伴う社会保障費の増大など、課題が山積するまちにとって、優先順位を考えると公共交通はなかなか上位にあがっていない。

 

日本は、制度面では交通まちづくりを行おうとする流れが見られるものの、一度作ってしまった道路中心の社会の延長線上で各自治体が動いてしまい、抜本的な改革を行うことができていない。

 

5、世界の公共交通政策との比較

日本と同じ、車大国のドイツではどのような政策を行っているのだろうか。

自家乗用車保有数は、千人当たりで、日本が465台なのに対し、ドイツは517台と日本以上に多い。そして日本と同じく、人口減少、少子高齢、過疎などの問題を抱えている。

それにもかかわらず、まちの賑わいには日本と大きな差がある。

私は、ドイツに1か月間、地方自治を学びに各都市へ訪問した。いずれの都市も大きな鉄道が停車する駅から少し離れた場所に、まちの中心があり、日本のように駅中心のまちとは異なる現状に驚いた。私がドイツへ向かう前に、駅前のホテルが軒並み安く、幸運だと思って予約したホテルも、まちの中心ではないことが理由だった。

そんなドイツも1970年代まで、日本と同じだった。市庁舎の周りを車で埋め尽くしていた時代があった。つまり、それ以降の政策の違いが、現在の差を生み出している。ドイツでは旧来の路面電車をLRT化し、車両の更新、長編成化し、電車優先信号の整備、専用軌道化を図ってきた。そうすることで、2003年から2008年までの大都市を除く地方のデータを見ても、LRTの輸送量が10%増加している。交通の整備をすることで、地方都市の賑わいをもたらしたのだ。

 

また、フランスも人口千人当たりの乗車台数は496台と日本よりも多い車社会である。フランスは、初期の路面電車をほとんど廃止したが、2000年前後からLRTを加速的に普及させ、日本では人口20万人に満たない都市にも導入している例は非常に多い。

 

ドイツやフランスのまちづくりには、「交通権」という概念がある。これは、移動手段を選ぶ自由を指し、自身が輸送主体であり、あるいは企業や機関に依頼する権利である。また、同時に利用者がアクセス、質、料金というコストの点で合理的条件のもとで行われることである。権利ということは一方で、義務も存在する。交通税や、環境税を導入し、その税金をもって公共個通投資を行っている。日本では、交通事業者が民間企業の営利事業という前提があるため、公的資金の投入が制度的に難しい。地域公共交通活性化再生法において、インフラ・車両更新費を国と自治体で補助可能としたが、これは経営難の存続危機状況で行える例外的措置である。

ドイツやフランスなど、EU諸国では、ビジネスで考える部分(競争によるメリット)とインフラとして支える部分(社会的利益によるメリット)の組み合わせを図っているのだ。

 

日本では、こうした概念が2013年の交通政策基本法に組み込まれたが、地方の殆どの場合が車にしか頼ることができず、選択肢がある状況とは言えないだろう。

 

 

6、福島の現状

福島の公共交通の実態は非常に厳しい。2000年以降経営破綻したバス会社は、県内で3社(常盤交通自動車、福島交通、会津乗合自動車)と全国的にもかなり高い水準である。

2013年の交通政策基本法の施行から、福島市では2016年に福島市地域公共交通網形成計画を策定し、対策に乗り出した。

ここでは、対象となる公共交通を鉄道・路線バス・乗合タクシー・タクシーとしている。しかし、すでに2016年時には、福島市は先の都市計画に基づき、道路中心の郊外化したまちとなっており、ここで出された政策も、自家乗用車保有率が低くなる高齢者への利用促進や、路線バスには毎年8000万円以上の赤字補填を行うなど、既存の公共交通のサービスの延長線上の内容となり、郊外化問題を解決しうる本質的な提言が行われていない。

 

 

7、求められる対策のポイント

公共交通政策で求められることは、どこまで市民に移動手段の選択肢を広げることができ、交通の面から自然とまちが人で賑わうようにできるかである。この点をどこまで本気で考え、実践できるかにかかっている。ドイツも、フランスも20年前までは日本と同じだった。逆を言えば、20年でまちは変えることができる。公共交通は、時間も労力も存分にかけるべき価値のある分野なのだ。

 

ⅰ)中心市街地をオンリーワンの巨大なモールに

まず真っ先に取り組むべきことは、中心市街地は徹底的に車ではなく、人を優先とすることである。該当する区域に、車が入らないように整備し、代わりにその区域の境目に駐車場を設ける。駐車場も中心市街地での購買欲を高めるために、2時間までを無料とし、その後について料金を設定、買い物をされた方には駐車券を配布する形をとる。イメージとしては、中心市街地を個人商店が立ち並ぶモールのように設計していく。

これは、経済の地域内循環を高めるだけではなく、お祭りなどまちの各行事の担い手の確保や、防犯対策にもつながり、まちの地盤となる。

 

ⅱ)自転車・バス・ローカル鉄道の政策へ特化

車の代わりとなるものとし、自転車・バス・ローカル鉄道に特化した政策を優先して行う。

自転車は、中古自転車を活用する既存の「ももりんレンタサイクル」の利用を拡大する。現行は、利用料金が無料。利用希望者は本人確認書類の提示で、市内5か所の貸出所の営業時間内(午前10時から午後19時まで)に使用が可能となる。しかし、貸出所には市役所も含められていなく、また、主要の公共施設も含められていない。利用時間の制限もあり、まちの中で利用者を見かけることは稀である。一方で、各貸出所には人件費がかかっている。そこで、中心市街地の各地にレンタサイクル・ステーションを設置し、24時間、安価に誰もが使用できるシステムを築く。また、市内の道路の両端に「ももりんロード」を設けて、自転車専用道路を整備する。

バスの運営は、「あと何分で来るのか」を数字で示すことのできるシステムを導入し、主要のバス停とアプリで可視化できるように整える。また、バス停については、各区域の公民館や自治会などで話し合い、可能な限り変更することを可能とする。その上で、経営について赤字補填をするのではなく、プロジェクトを行い、そのことによりまち全体に利益を生み出した際に奨励金を出す制度に変え、経営意識を育んでいく。

ローカル鉄道は、「上下分離」の概念を採用し、線路などは公費負担、車両や経営について民間に委託して行う。環境面を公費負担で行うことを約束することで、黒字体制を築きやすくし、そのことで経営努力を行う動機をつくる。

一方で、自動車税やガソリン税など、自動車に関する税金を上げることについて吟味していく必要性もあるだろう。

 

ⅲ)市民利用と観光者利用の結び付け

また、自転車・バス・ローカル線の利用は、市民だけではなく初めて福島を訪れる観光者も同様に用いるものである。市民と観光者の利用方法の違いは、複数の交通手段を組み合わせることだろう。しかし、その境界で情報や制度が断絶している。

観光者が気軽に、楽しく、満足して利用できるように、事業者間・モード間の縦割りを排し、一貫した移動サービスを展開する必要がある。

 

ⅳ)郊外の大型店舗設置を調整

これ以上の郊外化を抑制するため、郊外に出店する店舗について調整を図る。郊外に大型店舗を誘致することは、短期的に見れば経済的に効果がみられるが、長期的に見た場合、店舗の撤退リスクや、交通弱者の利用が見込めないなど、新たに解決しなくてはならない問題が多く生じてくる。だからこそ、都市と郊外のバランスを考慮したまち全体の動線設計と、それに伴う制度設計を早急に検討しなくてはならない。

 

ⅴ)交通まちづくりにおける中長期的なビジョンを持つ条例の制定

これらの政策はどこまで本気で行うかで、実現可能性が変わってきてしまう。そこで、市民にも協力を頂きながら、「交通まちづくり」をテーマにしたワークショップを繰り返し行いながら、それらの意見を参考にして首長が確固たるビジョンを示し、迷わずに進み切ることが肝要である。

 

 

8、最後に

私は、交通まちづくりの概念を勉強し、交通が様々な社会問題を解決しうるカギを握っていると感じた。

交通まちづくりは、高齢者・学生・障がい者などにとってもやさしく、経済、環境面でもプラスに働く、最も効果的な手法である。

海外の例が示してくれるように、求められるのはビジョンと覚悟。

今こそ、市民一丸となって、交通まちづくりを真剣に考え、力強く実践していきたい。

 

 

参考文献

・『モビリティをマネジメントする』藤井聡・谷口綾子・松村暢彦 学芸出版2018

・『クルマを捨ててこそ地方は蘇る』藤井聡 PHP新書2017

・『地域再生の戦略』宇都宮浄人 ちくま新書2015

・『公共交通を生かした、持続可能な国土・都市づくり』 田中厳2019

・『福島市地域公共交通網形成計画』福島市2016